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美しい村 [雑感]

 昔々、「青春とは何だ」か「これが青春だ」かは忘れましたが、高校生達が教室で詩を朗読しているシーンがありました。その場面で「どこかに美しい村はないか」という一節を聞いたのが妙に頭に残っていました。気恥ずかしいテレビドラマのせいか、少し綺麗すぎるという印象ではあったのですが・・・。
 それから数年後、茨木のり子さんの詩集を読んでいて、それが「六月」という題名の詩であることを知りました。僕が高校生の頃、歌手の故高田渡さんが山之口獏さんという詩人の詩に曲をつけて歌っていて、そこから山之口獏さんや金子光晴さんの詩集に出会い、詩集に解説を書いていた茨木のり子さんを知ったのです。
 彼女は「六月」で、彼女の探し求める美しい村を、男達や女達が額に汗して野良仕事をし、夕暮れには木の下に集い、気持ちのいい初夏の風を感じながら、ビールジョッキを片手に語り合うというように描いています。
 茨木のり子さんの詩には素敵なのがたくさんあるのですが、その中に植木屋さんのことを書いた詩があります(題名は忘れました)。家に仕事に来た植木屋さんが、窓から詩人に、あんたの詩は僕にもわかるよ、といい、詩人は彼のことを、粋でいなせな植木屋さん、書いています。植木屋という肉体労働(植木屋さんの仕事が非常に知的な仕事であることは承知しているつもりですが)と深い精神世界を結びつけています。
 「六月」は、まちをつくろうとするときのイメージに、植木屋さんの詩は、勝ち組、負け組という言葉が流行するなか、対案として自己実現のひとつのモデルになるような気がするのですが、どうでしょうか。
(詩集が手元にないので、誤りがあるかもしれません。焦ってるので。すみません。)

<ほっとねっとプレスへの掲載原稿をそのまま記事にしました。>


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狐火

水車がガタゴト音をたて 子供たちの声がはずむ
朝日はゆっくり顔を出し 夕日はのんびり山に隠れる
そんな美しい村はないか どこかにそんな村はないか

仕事を終えた大人たちは 子供を抱いて夕日を見送る
お年寄りはより添って 昔語りに目を細める
そんな美しい村はないか どこかにそんな村はないか

誰もが楽しい仕事をし 疲れた顔の人はいない
恋人たちは頬よせあい 静かな時が流れてゆく
そんな美しい村はないか どこかにそんな村はないか
by 狐火 (2006-02-01 16:41) 

くぬぎ

      六月 茨木 のり子

   どこかに美しい村はないか
   一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
   鍬を立てかけ 籠を置き
   男も女も大きなジョッキをかたむける
 
   どこかに美しい街はないか
   食べられる実をつけた街路樹が
   どこまでも続き すみれ色した夕暮れは
   若者のやさしいさざめきで満ち満ちる
 
   どこかに美しい人と人との力はないか
   同じ時代をともに生きる 
   したしさとおかしさとそうして怒りが
   鋭い力となって たちあらわれる
by くぬぎ (2006-02-01 16:42) 

くぬぎ

茨木のり子はこれも大好き。
汲む
 ―Y・Yに―

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
by くぬぎ (2006-02-01 19:52) 

いとまん

狐火さんのは創作ですよね。
ほんとの「美しい村」は、くぬぎさんのです。
「汲む」も、わかるー!って感じやね。
記憶だけで書いてたらやっぱり少し違ってました。
ごめんなさい。
by いとまん (2006-02-02 12:00) 

さくらい人権ネット

世界中の
何処でも誰でも
〝美しい村〟のような生活ができたら
と思います
そのためにも…
by さくらい人権ネット (2006-02-06 20:32) 

いとまん

トラックバックを見ると、グローバル化に抗うものとしてこの文章を捉えてくれたんやね。
意図が伝わって嬉しい!
by いとまん (2006-02-07 12:06) 

ほたる…の・ようなもの

〝植木屋さん〟…って

二人の左官屋(茨木のり子)

きてくれた左官屋
長髪に口髭
白地に紺の龍おどる日本手拭何枚か使い
前あきの丸首シャツに仕立てて着ている
あちらこちらに鱗飛び
いなせとファッショナブル渾然融合
油断のならないいい感覚
足場づたいにやってきた彼
窓ごしにひょいと私の机を覗き
「奥さんの詩は俺にもわかるよ」
うれしいことをいい給うかな
十九世紀 チャイコフスキイが旅したとき
一人の左官屋の口ずさむ民謡にうっとり
やにわにその場で採譜した
アンダンテ・カンタービレの原曲を
口ずさんでいたロシアの左官
彼はどんななりしていたのだろう

以上…こんなことしているヒマはないのに…つい…
by ほたる…の・ようなもの (2006-02-08 14:35) 

いとまん

がーん。内容がかなり違うなあ。結局詩集はまだ発見されていない。ごめん。
by いとまん (2006-02-09 11:31) 

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